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浦和地方裁判所 昭和34年(ワ)17号 判決

原告(反訴被告) 石井寿一

被告(反訴原告) 荒井宏 外一名

主文

原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)荒井宏に対し、五一〇、三二四円及びこれに対する昭和三六年四月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員並びに昭和三六年四月から雇傭契約終了に至るまで毎月末日限り一ケ月一一、八六八円を、被告(反訴原告)小倉寿三に対し、三一三、六七〇円及びこれに対する昭和三六年四月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員並びに昭和三六年四月から雇傭契約終了に至るまで毎月末日限り一ケ月九、八九〇円を、それぞれ支払え。

被告(反訴原告)らのその余の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告(反訴被告。以下便宜単に原告という)訴訟代理人は、本訴として、「原告と被告(反訴原告。以下便宜単に被告という)らとの間に、被告らは原告の労務者として、期限の定めなく、新聞販売業務に従事することを内容とする雇傭関係の存在しないことを確認する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を、反訴請求につき、「被告らの請求を棄却する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、本訴の請求の原因並びに反訴に対する答弁として、次のように述べた。

(一)  原告の実父訴外石井福太郎は、埼玉県川口市栄町一一一番地において、石井新聞店という名称の下に川口市地区一円を販売区域とする日刊東京新聞、週刊東京及び埼玉新聞の販売業を営んでいた者であるが、昭和二七年一一月一日被告荒井宏を従業員として期限の定めなく雇い入れ、原告は、昭和三一年三月一日右石井福太郎から石井新聞店の営業を譲り受けた際被告荒井宏との雇傭関係を承継し、更に同年四月四日被告小倉寿三を従業員として期限の定めなく雇い入れたものである。被告らの業務は、主として新聞購読代金の集金、購読者の勧誘、紙取り(着駅まで新聞を取りに行くこと)、紙分け(配達区域別に新聞紙を分けること)、引き継ぎ(新規申込者の調査をなし順路帳に書き込むこと)などであつた。

(二)  原告は、被告らに対して、昭和三二年七月一九日内容証明郵便により被告らを解雇する旨の通告をしたが、右郵便は被告荒井宏には同月二三日に、同小倉寿三には同月二二日に、それぞれ到達した。右の解雇通告には、被告らを懲戒処分として即時解雇した旨の記載があり、予告期間において解雇する旨の記載を欠いたのであるが、これは原告が法律に暗いため懲戒事由がなくても一ケ月の予告期間をおけば解雇することができることを知らなかつたことによるものであつて、原告としては専ら被告らの退職を望むものであり、懲戒事由を原由として即時解雇をすることに固執するものではないから、右の解雇告知は、労働基準法第二〇条所定の解雇の予告としての効力を有するものと解すべきである。したがつて、右解雇の各意思表示の各到達の日の翌日から法定の三〇日の予告期間を経過した日、すなわち被告荒井宏については昭和三二年八月二四日に、同小倉寿三については同月二三日に、それぞれ解雇の効力が生じたものである。仮に、右解雇通告に解雇の予告としての効力が認められないとしても、少くとも法律の定める、予告手当の支払を停止条件とする即時解雇の意思表示を含むものと解すべきところ、被告らは、いずれも昭和三三年三月一三日川口労働基準監督署において、森田雄三労働基準監督官を通じて、原告から平均賃金に相当する法定の予告手当(被告荒井宏については一一、八六八円、同小倉寿三については九、八九〇円)の支払を受けているから、原告のなした前記解雇の意思表示は同日停止条件が成就し、即時解雇の効力を生じたというべきである。被告らは、右金員は未払賃金の一部として受け取つたものであると主張するが、被告らは解雇予告手当として受領した旨の領収書を石井新聞店宛に提出しており、しかもその後失業保険金をも受領しているのであるから、事こゝに至つて未払賃金の一部として受け取つたと主張することは禁反言の行為であり、かつ信義則に反するものといわねばならない。

(三)  前項の解雇が不当労働行為に該当するとの主張は、これを争う。

1  被告らが埼玉県南一般合同労働組合に加入したことは知らない。尚、原告が朝の紙取り紙分けについて、二人でするように申し入れたのは、昭和三二年四月であるから、被告らがこれを組合へ加入する動機として主張しているのは、全く見当違いである。

2  被告荒井宏のみが原告に対し、昭和三二年四月二八日頃、メーデー参加と社会保険加入に関し口頭で申し入れをしたこと及び昭和三二年七月五日被告らを含む従業員に対し、総額一七、五〇〇円の夏期手当を給料と共に支給したことは認める。

3  原告が被告らに対して、解雇の通告をするに至つたのは、次のような事情によるものであつて、被告らの組合活動を阻害するためにしたものではない。すなわち、被告らは、昭和三二年四月頃から前記の集金、引き継ぎ等の業務を怠るようになつたので、その頃原告は被告らに対し、購読者で三ケ月分以上購読代金を滞つた者には新聞の投入をしないこと、順路帳を毎月一〇日までに正確に作成すること、の業務命令を出しておいたのにも拘わらず、被告らは死亡した購読者に八ケ月も新聞を投入したり、また順路帳の作成を怠つてこれに記載していない者に新聞を配達したりして、右業務命令に服従せず、集金事務の能率を低下させ、更に、同年七月一五日原告が少年配達員に対してお盆手当として一〇〇円を支給した際、被告荒井宏は訴外石井福太郎が同手当として二〇〇円を支給すると云つておきながら、一〇〇円だけ支給するのは少年配達員を欺瞞したものであると主張して右手当の支給を妨害したのである。特に石井新聞店のような零細企業においては、右のような被告らの業務妨害行為は原告の営業を甚しく害するものであつて原告の最も迷惑とするところであり、かつ被告の行為は正当な組合活動とは到底認められず、また右の少年配達員の賞与増額要求も何ら組合の正規の機関による決定に基くものではない。したがつて、以上のような被告らの所為は山猫争議であり違法な組合活動であり、結局原告の業務を妨害したものである。そこで原告としては前記の解雇の通告をしたのであるが、これは懲戒解雇ではなく、(二)で述べた予告解雇或いは停止条件付即時解雇としての効力を有するものである。

(四)  仮に右の解雇が不当労働行為であつて無効であるとしても、その後昭和三三年三月一三日に至り、被告らは前記のように解雇予告手当を受領したのであるから、被告らは同日原告の解雇の申込を承諾する旨の黙示の意思表示をしたものというべきであり、こゝに原告と被告らとの間の雇傭関係につき合意解除が行われたのである。

よつて原告は、原告と被告らとの間に雇傭関係の存在しないことの確認を求めるため本訴に及んだ。なお反訴に対しては

(五)  原告が被告らに対して昭和三二年九月分以降の給料を支払つていないことは認めるが、雇傭関係が既に消滅しているから右給料の支払義務はない。昭和三二年八月現在の被告らの給料の数額は否認する。

(六)  反訴請求は棄却を免れないが、若し仮に被告らの反訴請求が認容されるとしても、原告は労働基準法第二六条による被告らの平均賃金の六割に当る休業手当相当額を支払えば足りるのであるから、その限度以上についての請求は棄却を免れない。

(証拠省略)

被告ら訴訟代理人は、本訴につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、反訴につき、「一、原告は、被告荒井宏に対し、五二八、〇〇〇円及びこれに対する昭和三六年四月一六日から完済まで年五分の割合による金員並びに昭和三六年五月から毎月一五日限り一ケ月一二、〇〇〇円を、被告小倉寿三に対し、四四〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三六年四月一六日から完済まで年五分の割合による金員並びに昭和三六年五月から毎月一五日限り一ケ月一〇、〇〇〇円を、それぞれ支払え。二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに第一項についての仮執行の宣言を求め、本訴に対する答弁及び抗弁並びに反訴の請求原因として、次のように述べた。

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  請求原因(二)の事実のうち、原告主張の解雇の通告が被告らに到達したことは認める。しかし、右の解雇通告が、労働基準法第二〇条所定の解雇の予告としての効力或いは停止条件付即時解雇としての効力を有することは否認する。右の通告には、七月一五日に懲戒解雇をしたことを確認する旨の記載があり、予告期間の表示はもとより解雇の効力発生の日の記載もなく、また予告手当についても何らの表示がないので、これを以て解雇の予告或いは停止条件付即時解雇と解することは到底できない。被告らが平均賃金相当額を昭和三三年三月一三日に受領したことは認めるが、これは解雇予告手当として受領したのではなく、原告の遅滞にかゝる被告らに対する給料の内払として受領したものに過ぎない。

(三)  仮に、右の解雇通告が、解雇の予告或いは停止条件付即時解雇としての効力が認められるとしても、右解雇通告は労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であるから、解雇は無効である。すなわち、

1  被告らは、いずれも忠実に業務に従事していたが、原告方の従業員の賃金は、他の新聞店例えば川口市の植村新聞店のそれより低く、休暇は年に三日しかなく、失業保険・社会保険にも加入しておらず、退職金制度もないという極めて劣悪な労働条件であつたところ、昭和三二年三月一〇日頃、原告は被告らを含めた従業員に対し、朝の紙取り紙分けを従来一人で行なつていたものを二人で行うように申し入れたのであるが、石井新聞店の従業員は五名であるから、従来は五日に一度朝三時に起きて紙取りに行けば足りたのであるが二人で行うことになると二日ないし三日に一度朝三時に起きなければならないことになり、甚しい労働過重となるので、被告らを含めた従業員五人の一致した意見によつて右申入に反対し、ついに右の申入を撤回させたのである。このような体験を通じて被告らは労働組合に加入しなければ自らの労働条件が改善されないことを痛感し、被告らは昭和三二年三月一三日原告の従業員であつた訴外竹内宏、同高野英一と共に埼玉県南一般合同労働組合に加入した。その後原告の従弟である訴外石井昭一も右組合に加入し、被告荒井宏は同組合の副組合長になつた。

2  昭和三二年四月二八日被告らを含めた右五人の組合員は原告に対し、口頭で前記のとおり組合に加入したこと、同年五月一日のメーデーに参加させること及び社会保険に加入させることを申入れた。これに対して原告は、メーデーに参加することは、メーデー終了後馬力をかけて集金の遅れを取り戻すことを条件として了承し、社会保険についてはできるだけ努力をするという回答をしたが、それは表面上のことで、被告ら五人が労働組合に加入したことは勿論のこと、使用者である原告に対して労働条件に関する申入を行なうということは許すことのできない不遜な言動であると考え、内心憤懣に堪えないものであつた。昭和三二年六月二三日、原告の父訴外石井福太郎が飲酒の上被告荒井宏に対し「いやならやめてくれ」と云つたのもこの現れに外ならない。

3  その後同年六月二四日正式文書を以て社会保険加入夏期手当一、三ケ月分の要求を出し、同月三〇日、七月一日、同月三日の三回に亘る団体交渉の結果、組合員一人当り三、四〇〇円の夏期手当が支給されることゝなり、その手当は同月五日に支払われたが、従来のワイシャツ一枚程度の夏期手当に比較すれば画期的な待遇改善である。これらの組合活動による成果を見るにつき、原告の組合及び組合員である被告らに対する嫌悪の情は増大するのみであつた。

4  このような事情のもとに、たまたま同年七月一五日、少年配達員のお盆の小遣い等些細なことに端を発し、原告と被告らとの間に意見の衝突があつたところ、原告は被告らに対し、同月一九日付内容証明郵便を以て、被告らに新聞購読代金を費消横領した事実のあること及び読者の引き継ぎ、連絡その他の職務怠慢の事実のあることを理由として同月一五日に被告らを懲戒解雇をした旨を原告主張の内容証明郵便によつて通告した。しかしながら、被告らには原告のいうような横領行為は勿論のこと職務怠慢の事実もないのであるから、懲戒事由は全く存在せず、したがつて懲戒解雇は無効である。仮に右通告に解雇の予告或いは停止条件付即時解雇としての効力があるとしても、前後の事情を総合して考えると、真の解雇理由は、原告が被告らの組合加入、その後の活溌な組合活動を嫌悪したことにあるのであつて、右解雇は明らかに労働組合法第七条第一号に該当し、不当労働行為である。

(四)  雇傭契約の合意解除の事実は否認する。被告らが昭和三三年三月一三日に平均賃金相当額を受領したことは認めるが、これは解雇を承諾して解雇予告手当として受け取つたものではなく、前記森田労働基準監督官から右金銭の受領は地方労働委員会での不当労働行為の救済申立事件とは無関係であるとの言明があつたので、未払賃金の一部として受け取つたものであり、被告らとしては飽くまで解雇を争つて今日に到つているのであるから、単に右金銭を受領したからと云つて、合意解除がなされたということは到底できない。

(五)  以上のように、原告と被告らとの間には依然として雇傭関係が存続しているにも拘らず、原告は昭和三二年九月分以降の給料を支払つていない。ところで昭和三二年八月現在において、被告荒井宏の一ケ月の給料は手取り一二、〇〇〇円、同小倉寿三は一〇、〇〇〇円であり、支払期日は毎月一五日であつた。

なお、原告は、仮に雇傭関係が認められたとしても、労働基準法第二六条により平均賃金の六割を支払えばよいと主張するが、そもそも原告は休業しているものではないから、労働基準法第二六条を適用する余地はない。したがつて、被告らは昭和三二年九月以降の給料の全額を請求することができる。

(六)  ところで、本件口頭弁論終結の日である昭和三六年四月一九日までに弁済期の到来した昭和三二年九月から昭和三六年四月までの給料の合計は、被告荒井宏については五二八、〇〇〇円、同小倉寿三については四四〇、〇〇〇円であり、原告は雇傭関係の存在を否定して従来の給料すら支払つていないのであるから将来の給料についてもその支払期の到来したときに支払を求めるべき利益が現存するのであるから、原告に対し、被告荒井宏は右五二八、〇〇〇円及びこれに対する右給料のうち最後の弁済期の翌日である昭和三六年四月一六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに昭和三六年五月から毎月一五日限り給料として一ケ月一二、〇〇〇円の支払を、被告小倉寿三は同様に四四〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三六年四月一六日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金並びに昭和三六年五月から毎月一五日限り一ケ月一〇、〇〇〇円の支払を、それぞれ求める。

よつて、被告らは、原告の本訴請求には応じ難く、未払給料を求めるべく反訴請求に及んだ。(証拠省略)

理由

原告は石井新聞店という名称の下に日刊東京新聞、週刊東京及び埼玉新聞の販売業を営む者であり、被告荒井宏とは昭和三一年三月一日に、同小倉寿三とは同年四月四日に、それぞれ従業員として原告に雇われ、被告らは新聞購読代金、購読者の勧誘、紙取り、紙分け、引き継ぎ等の業務に従事していたことは、当事者間に争がない。ところで、原告が昭和三二年七月一九日に内容証明郵便により被告らに解雇の通告をなし、右郵便は被告荒井宏には同月二三日に、小倉寿三には同月二二日にそれぞれ到達したことも、当事者間に争がない。そこで、原告の、右内容証明郵便による意思表示は、労働基準法第二〇条所定の解雇の予告或いは予告手当の支払を停止条件とする即時解雇としての効力を有するとの主張について按ずるに、成立の争のない甲第一号証の一(通知書)には被告らの横領行為及び職務怠慢を理由に昭和三二年七月一五日即時懲戒解雇をしたことを確認する旨の記載があり、予告期間については何らの記載もないので、右郵便による通知を解雇の予告と解することはできないが、労働基準法第二〇条の意図するところが解雇により失職する労働者に対し他に就職の口を求めるに必要な所定期間内の生活を保障することにあることを思えば、同条所定の予告期間を設けず且つ予告手当の支払もせずになした解雇の意思表示は、これにより即時解雇としての効力を生じ得ないけれども、その解雇通知の本旨が、使用者において即時であると否とを問わず従業員を解雇せんとすることにありその従業員を解雇しようとするにあつて即時の解雇が認められない以上解雇する意思がないというのでない限り、同条所定の三〇日を経過するか、又は予告手当の支払をしたときに、解雇の効力を生ずるものと解するのが相当であるところ、本件全証拠及び口頭弁論の全趣旨によれば原告は即時解雇に固執する趣旨であることは認められないので、前記解雇通知の到達後三〇日を経過したとき或いは予告手当の支払をしたときに解雇の効力を生ずべきものであるが、これは労働基準法第二〇条の関係において解雇の効力を生ずる要件を具備しているというのに止まり、右の解雇が不当労働行為に該当するか否かは別個に判断すべき問題である。そこで不当労働行為の成否について按ずるに、先ず集金横領については、証人石井フミの証言によれば、集金台帳の記載上集金が未済になつている購読者から「代金は荒井に払つた」と云われ代金を貰うことができなかつたということから、被告荒井宏に事情を尋ねたり集金台帳の記載洩れの有無について調べたり購読者に領収書の有無を問い正したりすることなく、直ちに同被告の使い込みであると判断した事実が認められ、証人倉田正二郎の証言によれば被告荒井宏が大竹金一郎の購売代金を横領したとの疑をかけられたが、これは大竹金一郎と大竹某とを混同したために生じた誤解であつたことが判明した事実が認められるのであつて、証人倉田正二郎、同石井フミの各証言、原告本人尋問の結果及び原本の存在及びその成立に争のない甲第一三号証によれば、被告らに横領の事実があつたとの証言は何れも具体性がなく、証人石井フミの証言によつて真正に成立したものと認められる甲第六、第七号証、原本の存在及びその成立に争のない第九号証の記載も明確な調査に基くものでないことが認められるので、結局、原告の全立証によるも被告らの横領の事実を認めることはできない。次に、職務怠慢については、証人石井フミの証言によれば順路帳の作成が二日ないし三日遅れるのは被告らに限つたことではないことが認められ、被告荒井宏の尋問の結果によれば同被告の集金率は九二パーセントないし九五パーセント、被告小倉寿三の本人尋問の結果によれば同被告の集金率は九〇パーセントないし九八パーセントであつたことが認められ、昭和三二年四月集金率が三〇パーセントも底下したとの証人石井フミの証言及び原告本人尋問の結果は措信できず、原告の全立証によるも原告主張のその他の職務怠慢の事実を認めることはできない。又、被告荒井宏、原告石井寿一の各本人尋問の結果によれば、少年配達員に対する手当をめぐつて、右両名の間に意見の衝突があつたことが認められるが、これは原告の父石井福太郎が二〇〇円支給すると云つておきながら一〇〇円しか支給しないという少年配達員に対する約束違反に原因があるのであつて、これに対する同被告の抗議を以て業務妨害であるということはできない。ところで、被告荒井宏、同小倉寿三の各本人尋問の結果及び同尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる乙第七号証によれば、昭和三二年三月初旬頃被告らを含む従業員五名は原告より従来一人で行つていた早朝の紙取り紙分けを二人で行うようにとの申入を受け、従来五日に一度でよかつた早朝の紙取り紙分けを二日乃至三日に一度は行うことになるという労働過重を強いられたことが動機となつて、被告らは労働条件改善を図るため、同年三月一三日原告の従業員であつた訴外竹内宏、同高野英一と共に埼玉県南一般合同労働組合に加入し、その後原告の従弟である訴外石井昭一も右組合に加入し、同年四月二八日被告荒井宏が被告らを含めた右五名の従業員が組合に加入したことを原告に報告し、メーデーへの参加と社会保険加入の申入をしたこと、そして同年のメーデーには右五名が参加したこと、同年六月三〇日、七月一日、同月三日に夏期手当について団体交渉をした結果、同月五日に前年迄の手当が一人につきワイシヤツ一枚であつたのに比較して格段に多額である五名につき総額一七、〇〇〇円の手当が支給されるに至つたことが認められ、昭和三一年にも既に夏期手当として被告らに各三、〇〇〇円を支給したとの証人石井フミの証言、原告は被告らが組合に加入したことを知らなかつたとの原告本人尋問の結果は、前記各証拠に照して措信できない。更に、証人石井フミの証言、原告石井寿一、被告荒井宏、同小倉寿三の各本人尋問の結果によれば、昭和三二年六月二三日原告の父訴外石井福太郎は酩酊の上、被告荒井宏に対して「やめてくれ」と云つたので翌日直ちに組合から右石井福太郎に抗議を申し込んだこと、同年七月一五日には前記のように少年配達員のお盆の手当について同被告と原告との間に意見の衝突があり、その際原告は同被告に「そんなにいろいろ条件をつけるなら他の店へ行つて働いて貰うとわかる」といつて解雇をほのめかしたことが認められる。このような事情のもとにおいて、原告が同年七月一九日付内容証明郵便を以て被告らに対してなした解雇の通知は、成立に争のない甲第一号証の一の記載によつて明らかなように、代金横領と職務怠慢とを理由として懲戒解雇をするというのであるが、代金横領及び職務怠慢の事実は前記のように原告の全立証によるも認められないところであり、被告らの組合加入から右解雇通知に至る経過と事毎に解雇をほのめかしていた原告の態度に鑑みれば、右の懲戒事由は被告らを解雇するための口実であつて、その真因は被告らの組合加入及びその後のメーデー参加、待遇改善等の組合活動を耐え難いものと思つていたことにあると認められる。したがつて、原告のなした右解雇の通告は、被告が組合に加入し正当な組合活動を行つたことの故になされたものであり、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であり、憲法第二八条の保障する積極的団結権を侵害する行為であるから、労働基準法第二〇条所定の三〇日を経過しても、又解雇予告手当の支払がなされたとしても、解雇の効力を生じない。そこで更に進んで、昭和三三年三月一三日の合意解除の成否について按ずるに、証人森田雄三の証言及び同証言によつて真正に成立したものと認められる甲第二、第三号証によれば、被告らと共に解雇の通告を受けた訴外竹内宏、同高野英一は昭和三二年九月一六日に解雇予告手当の他に若干の退職手当を受領し退職を承認することにより、不当労働行為の救済手続についても取り下げたことが認められるのに反して、証人森田雄三の証言、被告荒井宏、同小倉寿三の各本人尋問の結果並びに原本の存在及びその成立に争のない乙第八号証の一、二によれば、被告らは、森田労働基準監督官から予告手当の受領は労働基準法第二〇条の要件を充すだけで不当労働行為とは別問題であるとの説明を聞いた上で平均賃金相当額を受け取つたのであり、当時埼玉県地方労働委員会に申し立てあつた不当労働行為救済手続を維持し、更に同月一五日には念のため不当労働行為として解雇の効力を争うこと及び前記金員は予告手当としてではなく給料の一部として受け取つた旨を原告に通告したことが認められる。成る程、成立に争のない甲第四、第五号証には、被告らは「解雇予告手当として」受領した旨の記載があるが、訴外竹内宏、同高野英一の受領証である前記甲第二、第三号証には、「之を以て貴店とは何等関係ないことを認めます」との記載があるのと比較すれば、「解雇予告手当として」との記載があるとの一事を以て、解雇を承諾したものと解することはできない。以上の事実を総合すれば、被告らは解雇の効力をむしろ積極的に争つているのであつて、合意解除がなされたものとは到底認められず、被告らの窮迫した経済状態に鑑みれば、被告らの右金員受領を以て禁反言又は信義則に反するものということはできない。

以上のように、昭和三二年七月一九日の解雇の通告は無効であり、昭和三三年三月一三日に合意解除があつたことは認められないので、原告と被告らとの間には、依然として雇傭関係は存続しているものといわねばならない。よつて、原告の本訴請求は失当である。

以上の理由により、原告と被告らとの間には、雇傭関係が存続している。しかるに、原告が昭和三二年九月分以降の給料を被告らに支払つていないことは当事者間に争がない。ところで、被告らの給料の数額について按ずるに、被告荒井宏の本人尋問の結果によれば一ケ月手取り一二、〇〇〇円との供述があるがこれが正確な額であるとは認められず、証人石井フミの証言によつても被告荒井宏の給料は一二、〇〇〇円位、同小倉寿三の給料は一〇、〇〇〇円位であることが認められるのみで、被告らの全立証その他の証拠によるも、被告ら主張の金額であるとは認められないので、平均賃金相当額として当事者間に争のない額、すなわち被告荒井宏については一ケ月一一、八六八円、同小倉寿三については一ケ月九、八九〇円が、被告らの給料である。

次に、毎月の給料の支払期日について按ずるに、原本の存在及び成立に争のない甲第一四号証によれば、石井新聞店の店規には給料の支給日は毎月一六日と晦であるとの規定があるが、右店規には就業規則のような拘束力のないことが認められ、証人石井フミに対する被告本人小倉寿三の尋問部分によれば、事実上は或る月の給料はその月の三〇日と翌月の一五日に半額ずつ支給されていたことが認められるが、証人石井フミの証言によれば、毎月末日にその月の給料を支払うのが建前であつたことが認められる。

次に、被告らは、昭和三二年九月分以降の賃金の請求ができるが、被告らが原告に対して給付することを免れた労働力を以て他に労務を提供し収入を得た場合には、民法第五三六条第二項但書にいわゆる「自己ノ債務ヲ免レタルコトニ因リテ」得た利益としてこれを控除すべきであるが、被告らが最小限度の生活を維持するために副業の程度においてなした労働から得た収入であれば「就業を免れたことによる利得」とは云い得ないからこれを控除すべきではない、と解すべきところ、被告荒井宏の尋問の結果によれば、同被告は川口映画文化サークルの仕事をしているがその収入は石井新聞店にいたときよりも更に低額であることが認められ、これを以て「就業を免れたことによる利得」として控除すべき収入であると認めることはできないが、被告小倉寿三の尋問の結果によれば、同被告は解雇の通告を受けた後ガリ版切りの内職をしたりオリエンタルメタル東京工場に臨時工として勤めたこともあるが、この間の収入は最小限度の生活を維持するため副業程度のものと認められるので「就業を免れたことによる利得」として控除すべきではないが、昭和三五年五月一五日頃より義兄のもとで板金工として働き日給四〇〇円一ケ月約一〇、〇〇〇円を得ていることが認められ、弁論の全趣旨によれば本人尋問の日である同年一一月三〇日以後も引き続き右義兄のもとで稼働していることが認められ、右収入は同人の原告から得る給料とほぼ同額であるから、昭和三五年五月一六日から口頭弁論終結の日である昭和三六年四月一九日までの一一ケ月と四日分の収入一一一、六〇〇円を「就業を免れたことによる利得」として控除することとする。なお、被解雇者の他から得た収入を「就業を免れたことによる利得」として控除すべき場合でも労働者の生活の保障の見地から平均賃金の四割以上を控除してはならない、というのが労働基準法第二六条の趣旨であるが、本件では被告荒井宏については控除額がなく、同小倉寿三については控除額は平均賃金の四割に満たないから、原告が休業していることの立証のない以上、労働基準法第二六条を適用する余地はない。

以上の理由により、原告は、被告荒井宏に対して昭和三二年九月分以降の賃金全額の、被告小倉寿三に対して昭和三二年九月分以降の賃金から右の「就業を免れたことによる利得」を控除した金額の、支払義務があるが、その金額は、被告荒井宏については一ケ月一一、八六八円、同小倉寿三については一ケ月九、八九〇円であり、弁済期は毎月末日であるから、口頭弁論終結の日である昭和三六年四月一九日において弁済期の到来しているのは同年三月分までであり、被告荒井宏については右合計額は五一〇、三二四円であり、同小倉寿三については右合計額四二五、二七〇円から前記一一一、六〇〇円を控除した額は三一三、六七〇円であるので、原告は被告らに対し右各金額及びこれに対する弁済期の後である同年四月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。更に、同年四月分以降の賃金は将来の給付であるが、原告は既に弁済期の到来している賃金をも支払つていないので将来の賃金についても給付を求める利益があるので、原告は被告荒井宏に対しては一ケ月一一、八六八円、同小倉寿三に対しては一ケ月九、八九〇円を毎月末日限り支払う義務があるので、その給付を命ずる。

よつて、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、被告らの反訴請求は、右の限度においてこれを正当として認容し、被告らのその余の反訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条第九二条但書を、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡咲恕一 吉村弘義 篠田省二)

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